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INFO:
「不倫と浮気の違いですか?」「うん」頷く先輩の左手には、指輪がついている_「どっちも同じです」私は、カウンターテーブルにメニュー表を滑らせた「お酒、なににします?」「ううん、どうしよ」先輩が、肩を寄せてくる「それなに?」先輩は、私の目の前に置かれたグラスを指差した_「カシスウーロンです」「じゃあ、俺も同じの」先輩はいつも、選ばない_メニュー表のお酒も、このあとどうするかも、いつも私の意見に合わせてくる_そんな先輩が先月、結婚相手を選んだ_高校のときから付き合っていたらしい彼女と結婚をした_1度だけ、彼女の顔を見たことがある_先輩の部屋に初めて上がらせてもらったとき、リビングには彼女の写真が飾られていた_彼女のとなりには、幸せそうに笑う先輩が映っていた_そのときに私は、先輩に彼女がいることを知った_それなのに私は、先輩に誘われると、躊躇うことなく部屋を訪れた_最初は、身体が満たされればそれでいいと思っていた_けれど、先輩に腕まくらをされるたびに、心まで満たされるようになっていった_本命になりたい私は、1度だけ訊いたことがある『あの人と私、どっちが好きですか?』と_先輩は伏せられた写真を見つめながら『どっちも?』と、選ばなかった_それなのに先輩は、先月結婚をした_選んだのは彼女のほうだった_もちろん、浮気相手である私が、式に呼ばれることはなく、これで先輩との関係も終わりを迎えるのだろうと思っていた_そんな矢先に、先輩から飲みに誘われた_そこで私は、先輩との関係に区切りをつけようと、覚悟を決めて誘いに乗った_「こちら、カシスウーロンです」テーブルに置かれたカクテルグラスを、先輩は鼻先に近づけた「浮気と不倫、なにが違うと思う?」先輩はグラスを傾けて、私の目を見つめた_私は、グラスを口に近づけて「不倫は、既婚者がやることで、浮気は、恋人がいる人がやることです」と答えた_先輩は、軽く頷いて「不倫は、身体だけの関係で、浮気は、恋愛感情を持ってしまっていることらしいよ」と、グラスを揺らした_私は「先輩は、いまどっちなんですか?」と、グラスのふちについた口紅を指で拭いた_先輩は、私の顔を覗き込んで「どっちがいい?」と微笑んだ_もしこのまま『浮気がいいです』と言ってしまえば、私の好きがバレれて、先輩は選び直してくれるのでは、と思った_けれど私は「どうして先輩は、結婚を決めたんですか?」と、質問に質問を返した_先輩は指輪を見つめながら「プロポーズされたから」と言った_あくまでも先輩は、彼女の意見に同調をしただけで、選んだ訳ではないらしい_「じゃあ、もし、私が先にプロポーズしてたら、私と結婚してましたか?」私は、熱くなったほほに手を当てながら訊いた_「酔ってるね?」先輩の口角が、すこし上がった_「はい、この際だから言います、先輩はいつも選ばないですよね」「選ばない?」「はい、いつも何かに怯えて、選ばないじゃないですか」「ううん、選ばないんじゃなくて、選べないんだよ」「そんなの、言い訳です」「だってさ、どっちも魅力的なんだもん」「またそうやって、相手を褒めて、話の論点をズラす」「わからないなあ、魅力的なものほど、みんなで共有すべきなんじゃないの?」「それは違います、魅力的だからこそ、独り占めしたいんです」「でもさ、手に入ったら、魅力的に見えなくなることもあるじゃん?」「そんなことあります?」「あるよ、先週ネットで注文した限定品のシューズも、届いたらもうそれで満足して、開けずに床に置いてあるもん」「シューズと好きな人は、まったく違います」「でもさ、届かないからこそ、魅力的に感じるんじゃないの?」先輩は、私の目をじっと見つめた_私は空のグラスを置いて、席を立った「そろそろ、終電です」私は足もとをふらつかせて、先輩の肩に手を置いた_「だいぶ、酔ってるね?」先輩が私の背中を支えた_私は、先輩に身体を預けた_「駅まで、歩ける?」私は首を横に振った_「じゃあ、俺んち近いし、ちょっと休もうか」私は、顔を伏せたまま頷いた_先輩はお金をテーブルに置いて、肩に寄りかかる私を優しく引き寄せた「行こっか」「はい」先輩に支えられながら、店を出た_「先輩」「ん?」「ほんとは、私との関係、今日で終わらせたかったですか?」先輩は、黙り込んだ「それとも、不倫、続けますか?」選んでください、先輩「そうだねえ、不倫は終わりかな」先輩は、口もとを手で覆った_薬指には、指輪がついていた_私はさっき、嘘をついた_テーブルに置かれていたカシスウーロン、あれはお酒ではなく、ただのウーロン茶だった_私は、酔ったふりをして、先輩に寄りかかった_近づきすぎた頭を離して、私は訊いた「じゃあ、これはただの介抱ですね?」と_先輩は首を横に振って、私の耳もとで言った「これは、浮気だよ」_